どうも最近のサッカー監督批判は「わからない」と言えば、すべてが網羅できるとでも思われている方が多いようで。
岡田監督が引き継いだが、アジアの2次予選でのもたつきぶりがよく示しているように、ますます迷走しているように思われる。
まず、岡田監督がどういうサッカーをしようとしているのかがよく分からない。(Number)
岡田監督のサッカーがわからない、アマルの選手交代がわからない、反町の目差すものがわからない(見えてこない)…。
笑っちゃいますね。
よくもまぁ恥ずかしくないよなぁ…と思います。
彼ら監督はプロフェッショナル。
それなりに結果も残し、いい時期もあり、たぶん私達以上にサッカーに対して悩み、時間をかけ、仲間達と一緒にサッカーを考えているはずです。
にもかかわらず、簡単に「わからない」と言ってします。
(理論だてて言うのならばともかくとして。しかし重要なのがその理論であることは言うまでもなく。)
それって単純に「わからない」って言ってる方が、無知なだけなんじゃないですかね?
いや、さすがに無知と言っては失礼か。
たぶんサッカーを真面目に見ようとしていないのでしょう。
ようするに努力が足りない。
サッカーに対する愛情が足りないんじゃないかと思います。
私は岡田監督のやり方に関して、試合を見ていけばおぼろげに形はわかってくると思っています。
だからこそ、そのやり方にそぐわないように感じる巻を呼び続けることに反対しました。
岡田監督のやりたいことを考えた上で、そのやり方や方向性でいいの?本当に日本サッカーにあってるの?と思っているわけです。
けれど、こういったことを言う人たちは次元が違う。
「わからない」「わからない」って、ただのたちの悪い小学生かよ…と。
本当にわかろうとする努力しているんでしょうか。
頭ごなしに批判し、揚げ足を取ることばかり考えているのではないかと。
だからこの人はこうなる。
日本代表の頃のジーコ監督は、単純にスター選手を並べて個々の連係でやっていくチームだったのだから、何も考えない人に対しては逆にわかりやすかったのかも知れませんね。
ぼくはジーコの時代がなつかしい。ジーコは、無能だの無策だのとずいぶん批判されたが、ジーコの選手たちはいつもとんでもないアイディアで試合をひっくり返してアジアチャンピオンになったうえに、ともかくワールドカップまで行ったのである。
そして、サッカーを内容で見ようとしない、サッカーをわかろうとしないから、結果が結論になってしまう。
そして、肝心の部分に関しては『とんでもないアイディアで試合をひっくり返し…』という極めて適当な分析しかできないわけです。
本当に情けない。
オシム監督は、ジーコ監督がつくったスター選手揃いの代表がドイツワールドカップで惨敗したのを受けて、彼らスター選手の多くを外して、無名の若い選手たちで代表をつくった。オシム監督は旧ユーゴスラビア代表の監督をつとめたときにも同じことをして、1990年のイタリアワールドカップでベスト8になった成功体験を持っている。しかし、日本ではそれはうまくいかなかった。
「人もボールも動くサッカー」
オシム監督はそれを目指した。
全員がパスを出しては動き、動いてはまたパスをもらうという、実現すればじつに美しいサッカーだ。しかし、無名のオシムの選手たちはいわれたとおりにパスを回し、走りもしたが、どうすれば相手の意表を突けるかというアイディアを持っていなかったために、いつも最後は疲れ果ててしまい、アジアチャンピオンにもなれなかった。
(中略)
あるいは、昨年の11月に脳梗塞で倒れなければ、オシム監督の美しいサッカーは実現していたのかもしれない。しかし、いまとなっては完全に不可能となってしまった。結果として、オシム監督のやったことは、スターのいない代表チームをつくったことだけになってしまったのである。監督の言うことはよくきくが、自分では何もできないチームだ。こんなチームのサッカーが面白いはずはない。
何が情けないって、こんな文章を書いている人間がサッカーで飯を食えてしまう日本の現状が情けない。
まさに突っ込みどころ満載で、どこから突っ込めばいいのかわからない。
突っ込もうとすると突っ込むこっちが恥ずかしくなってしまって、突っ込みようがない。
あれですよ、タチの悪い小学生相手に真剣になって文句を言うべきなのか?といった感じで。
しかも、コラムのタイトルが『スポーツの正しい見方』って、どんだけ笑い者にされたいんでしょうか(笑)
じゃあ、取り上げなくてもいいんじゃないか?とも思う。
けれど、たちの悪い小学生にきちんとしかってあげることも、重要じゃないですか。
だって、こういうのが日本のサッカーを悪くしている一部分であるのは確かなんですからね。
一方でこういった問題のある人物が実在するということも、冷静に考えていかなければいけません。
「オシム監督がやったことは何も残らなかった」なんてことをいう人間がいること。
サッカーをきちんと分析できないのサッカーに携わっている人物がいるということを。
ここで「そうじゃないだろ」というのは簡単だけれど、それだけでは大きな意味はありません。
オシム監督のすごい部分は考え方やサッカー観にありました。
だから、選手だけじゃなくスタッフやファンにも大きな影響を与えたのです。
だから、今後も伝えていかなければ行けないんじゃないでしょうか。
サッカーに対する考え方や、サッカー観など、オシム監督の良かった部分を。
もちろんそのままじゃなくてもいいけど、ファンだって影響を受けた部分はたくさんあったはずです。
オシム監督自身も、以前何かで「もっと日本のサポーターも考えなければいけない」んだということを言っていたわけですし。
日本サッカー界発展のために。
このまま失っていくのではもったいない。
というか、せっかくオシム監督に出会えたのにそれを活かせないってのは、とても恥ずかしく悲しいことなんじゃないかと思います。
だって、世界でもトップクラスの監督に出会えたんですからね。
そういった方に出会えないサッカーファンだって、世界中にたくさんいるでしょうから。
そういった気持ちをもう一度思い起こしてくれただけで、このような酷い内容の記事にも意味が…。
いや、それはないな(笑)