シーズン最終節を前に、引退や契約満了選手の発表がありました。
今年はシーズンオフも短くなるでしょうし、これから一気に多くの発表が来る可能性もありますが、個人的な時間の問題もあるので少しずつ取り上げていきたいと思います。
まず、12月10日(木)、増嶋の契約満了が明らかになりました。
しかし、12月20日(日)、最終節の試合直前に現役引退となりました。
ジェフで3年間プレーした増嶋ですが、長くプレーしてきたこともあって、選手生活全体で振り返るとジェフ以外でのイメージの方が強いのではないかと思います。
個人的にはJ1優勝も果たした柏時代、大きな期待を浴びた市船時代の印象が強く残っています。
特に市船時代は、2002年日韓W杯開催前後ということもあって、宮本の後継者とも言われていました。
今でこそ吉田麻也、冨安など海外でも通用するような長身CBが出てきていますが、当時の日本サッカーはCBの高さ問題が頻繁に取り上げられ、JFAも対策に乗り出していました。
その選手たちが、市船の中澤聡太であり、増嶋であり、渡辺広大でした。
特にキャプテンシーもあり足元の技術もある増嶋は大いに注目されていましたが、非常に期待が高かった分プロ入りしてからは伸び悩んだ印象も強く、歯がゆく思うファンも少なくなかったのではないでしょうか。
それでも長い時が経ちジェフに入ってからは、円熟味も感じて課題だった安定感も増し、高さや強さも見せてくれたと思います。
ただ、山口智やストヤノフなどもそうでしたが、こういったタイプのベテランはスピードに課題があると自ら分かった上で自分の間合いでプレーする傾向があるため、どうしてもラインが深くなりがちになります。
それもあって、3年間安定してレギュラーでプレーするというところまでは至らなかったのではないかと思います。
特に尹監督は本来チャンや鳥海のようなタイプで、CBを組みたかったのではないかといった印象を受けます。
2人はそれなりにスピードもあってカバーリングも得意な選手ですから、そういったCBを並べてラインをキープしたかったのではないでしょうか。
今季終盤には新型コロナウイルスの影響もあって右SBで出場しますが、徳島戦では相手のドリブルにもかなり苦戦しパスミスも目立っていたので、あの試合の内容もあって引退を決めたところもあるのでしょうか。
もともとプロ入り後の増嶋はFC東京でまとまった出番がなく、京都で右SBとしてようやくブレークした経緯もありますので、最後に右SBで出場したというのも不思議な縁を感じますね。
ただ、やはり本来はCBの選手でしょうから、最後に右SBとして評価されるのは可哀想な部分もあったと思います。
最後までスター性を感じさせる姿勢は見事でしたし、増嶋も出来ればもう5年早くジェフに加入していれば、また印象も大きく違ったのだろうなと思います。
柏でのプレーも長くライバルといったイメージも強い選手でしたが、お疲れさまでした。
田坂というと、2008年に大学卒業直後から、川崎で活躍した選手というイメージです。
2012年夏には海外移籍も経験。
ブンデス2部のボーフムでもまとまった出場機会を得て、活躍しました。
当時は当時はテクニックもあり、前に飛び出せる攻撃的なアタッカーという印象でした。
ただ、今考えれば単純なアタッカーというよりも、川崎らしくパスも繋げる万能な選手だったのかもしれませんね。
それがドイツでの経験もあってより幅が広がり、後方でもプレーできるようになっていったということでしょうか。
ジェフではSBでのプレーも多かったですが、それも本来の適正ポジションというよりは、何でもできる器用でクレバーな選手だからこそ、成立させていたところがあったのかもしれません。
決してフィジカルが強いわけでもないし、スピードやスタミナ面で長けていたわけでもないとは思うのですが、うまさや経験でカバーしていたところがあるのではないでしょうか。
ジェフの場合はSBの補強に苦労していたこともあって、結果的にSBでのプレーが増えたところもあったと思います。
この器用さや賢さが、今のジェフには欠けている部分でもあるのでしょう。
それぞれ一発での突破力や鋭いクロス、高さだとかフィジカルなどで強さがある選手は多いですが、一芸に長けた選手が多く、課題も残る選手が少なくない。
そのため総合力ではもう1つで、チームとしてうまくまとまりきれないところもあると思います。
その点において、田坂は貴重な存在だったと思います。
ただし、ジェフでの田坂が最も可能性を感じだったポジションは、ボランチだったようにも思います。
決して派手なサイドチェンジやスルーパスがあったわけではないのですが、田坂がボランチに入るとスムーズにボールが動くようになって、攻撃が活性化していく。
縦にパスを入れる時の判断も素早く、2手先、3手先も考えつつ、自身はシンプルに繋ぐことで周りを活かすことができる。
この点においては熊谷や小島、その他の若い選手たちも学ぶべき部分があったのではないでしょうか。
もう少しボランチでのプレーを見たいところでもありました。
総合的なサッカーセンスの高さを感じる選手ではありましたが、ジェフでは怪我に悩まされ続けました。
昨年加入して1年目は8試合出場、今季も10試合出場にとどまっています。
これがベテラン選手を補強した際の悩みで、どうしても怪我やスタミナなどの問題に悩むことが多いですね。
田坂の場合は、引退後に川崎に戻る可能性もあるのでしょうか。
ジェフとは短い付き合いでしたが、お疲れさまでした。
香川西高から2018年にジェフに加入した本田ですが、プロ入り前から大きな怪我に悩まされていました。
加入後も怪我に苦しみ、若い選手にとってては大変な状況だったろうと思います。
ただ、厳しい見方をすると、クラブ側からすれば怪我に強い・弱いも含めて、選手を評価をする部分もあるでしょう。
残念なのは公式戦に出場できなかったことももちろんですが、レンタルでもチャンスを与えてあげられなかったことなのかもしれません。
しかし、それも怪我が多い選手ということになれば、レンタル先を見つけにくいところがあったのかもしれない。
その怪我も偶発的な怪我や小さな怪我だけならよいのでしょうが、本田の場合は大きな怪我が何度も続いてしまったところが辛いところですね。
J2に降格してからなかなか若手の育っていないジェフですが、特に若いアタッカーは現在非常に少ない状況。
他のJ2チームは新人アタッカーでも活躍していることが多いですし、本田も練習試合などではキレのあるドリブルを見せていたそうですから期待する声も多かった印象です。
それだけに非常に残念ですが、来年でプロ入り4年目ということでこういった決断になってしまったのでしょうね。
今後どういった人生を歩むのかはわかりませんが、まだ若いですしまだまだいろいろな可能性が残されているはず。
まずは怪我のないように。
そして、この悔しい経験を糧に、頑張っていってほしいですね。