先日、フクアリに設置されたイビチャ・オシム監督のモニュメント除幕式に合わせて、アマル夫人とアマル監督府が来日されました。
個人的にはオシム監督の像が設置されたこと以上に、お二人を迎え入れられたことの方が、大事ではないかとすら思います。
試合後にも話したように、アマル監督は2006年夏にオシム監督の日本代表就任に合わせて、コーチから監督へ昇格。
偉大な父親の後を直接継いだ上、シーズン中の監督交代、さらに翌年からは祖母井GMも離脱と、今考えても極めて難しい立場だったと思います。
それでも直後に行われたA3では善戦し、ナビスコ杯連覇を果たします。
しかし、リーグ戦では11位に終わると、厳しいバッシングにあいます。
当時のサポーターはオシム監督を明け渡したクラブへの批判の矛先をアマル監督に向けていた印象もあり、翌年にはちばぎんカップから大きなブーイングが発生。
試合前の監督紹介でもブーイングが起こるという、極めて異常な状態になっていました。
その年のシーズン終了後に監督解任となっているだけに、ジェフとアマル監督とは決していい別れ方をしていないことになります。
それは母親であるアシマさんにとっても辛いことだったのではないかと思うだけにだけに、今回の来日は本当にありがたい話だと思います。
もちろん本当はオシム監督本人にも来ていただきたかったですが、脳梗塞や心臓の持病などの特性を考えると長時間のフライトは簡単ではなかったのでしょう。
オシム家族の来日に合わせて、いくつかのニュースが出ています。
まず、スポニチが除幕式前に、お二人へ取材を行っています。
細かい記載もあって、すごくいい記事になっています。
気になった個所はいくつかありますが。
「体格は大きくないがテクニックが素晴らしい。ただ、それが実戦向きではない部分がある。それを補うために組織的なサッカーをするのが日本式」と、分析していたという
組織的に戦うことに関しては、当たり前ながらジェフも必要な部分ですね。
今年のチームは例年よりもその方向にいきつつあるとは思うのですが、それが勝利へと結びつけられるか。
また、ジェフに関しては。
ジェフ千葉についても「ビッグクラブではないが、伝統があり、ヨーロッパにはあまり見られないタイプのクラブ。こういうクラブに強くなってほしい」と言っていたという
ビッククラブではない伝統あるチームはヨーロッパでも少なくはないでしょうし、「ヨーロッパにはあまり見られないタイプのクラブ」という表現が気になるところですね。
どのような意味で言っていたのか、ぜひ教えて欲しかったと言いたいところですが、生前もオシム監督はすべてを教えてくれるわけではなかった。
自分たちで考えるべきなんでしょうね。
除幕式ではこのようなニュースが。
夫の言葉を想像しながら「本人が見たら“なぜオレの銅像なんかを作るんだ。もっとふさわしい人がいるだろう”と言うでしょう」、クラブに対しては「“施設やサポーターを見る限り(J1に)復帰する準備はできている、あとは努力あるのみだ”と言うんじゃないでしょうか」とエールを送った
銅像に関しては、オシム監督も嫌がるんじゃないかなとは思っています。
目立つことを嫌う方でしたし、アシマさんのコメント通りに言っていたのではないでしょうか。
ただ、冒頭で話した通り、これによってオシム家族とジェフとの繋がりが再び生まれたのであれば、それは良いことなのかなとも思います。
また、オシム像除幕式に合わせて、当時の選手たちに関する記事もいくつか出ています。
まず、水野に関して、このような記事が。
the-ans.jp
『止まっていいのはジダンだけだ!止まったら、お前は仕事ができない。常に先の先、3手先まで読んで走り続けろ。これは、お前だけの話ではない。お前がサイドを走ることでスペースを作って、敵を引っ張れる。それでチームは上手くいくんだ』って
「常に先の先まで読んで走り続けろ」という発想は、今のジェフにも必要ですね。
特に今のジェフはアタッカータイプが多いだけに、足元で受けて自ら仕掛けることを重視している選手が多い気がします。
試合の先を読んで、スペースで受けたり、走り抜けて囮になったりといったプレーが必要なのかもしれません。
続いて、少し遡りますが、勇人や羽生が発起人となりオシム監督の遺したものを伝えていく、「JAPANIZE FOOTBALL」という活動のサイトに、羽生のインタビューが掲載されています。
当時のジェフの守備がマンツーマンだったので、
(中略)
オシムさんの中には多分「責任感がないやつはサッカー選手になれない」という信念があって、まず責任感があるのかを見ていたのかなと今では思います。
マンマークと責任感の話は、先日の西久保の話でもしましたね。
オシムさんが遺したものって深すぎて、受け取り側が今のままでは解釈しきれないと思う。
以前にも少し話しましたが、この意見も納得できるものです。
オシム監督とは何だったのか、何が凄かったのかを言葉にまとめようとすると、どうしてもチープになってしまうように感じる。
当時オシム監督に近かった人ほど、そう思うのかもしれません。
そのあたりのオシム監督の凄さを追求できているのが、勇人、羽生、山岸、水野、間瀬通訳による、以下の対談記事かも知れません。
前編、中編、後編と長い記事になっています。
間瀬:オシムさんが大切にしていたことは、選手を成長させることとリスクを恐れないこと。目の前の結果を出すこととかけ離れている気がするよね。でもあの人がすごいのは、成長させることとリスクを恐れないことが結果につながるようなトレーニングをすることだよね。
身も蓋もない話で言えば、シンプルにトレーニングの質が凄かったということなのかなとも思います。
選手を成長させる、リスクを恐れない攻撃サッカーを展開する。
それだけならどの指導者でも掲げることができるのでしょうし、何のマジックもないないようのようにも感じます。
実際、戦術的に特別なことをしていたわけでもないはずです。
しかし、それでも結果を出せるチームを作ることの出来る、トレーニングの質の部分。
もっと言えば指導力の部分が、ずば抜けた監督だったのかもしれません。
また、オシム監督はサポーターやスタッフも巻き込んで、育てていった印象があります。
サポーターやメディアの人も、「この時間にどういう意味があるんだろう」というのをみんなで共有している感じがしました。
勇人のコメント通り、練習でも試合でも、オシム監督はどう考えているんだろう、どれが正解だと思っているんだろうと、見ている人も考えさせていった。
先ほども話したように、オシム監督は答えをすぐには教えてくれない指導者だったからこそ、周りはしっかりと考えて自分で答えを見つける必要がった。
それによって結果的に1人1人が成長していくし、どういったサッカーにしたいのか、どういったチーム・クラブになっていきたいのかを考えるようになっていったのだと思います。
それがオシム監督の大事にしていたクラブの方向性・ビジョン作りにも繋がっていったのではないかと思いますし、結果的にチームが結束していったところもあるのではないでしょうか。
言わないことによって、逆に答えに近づかせる、でもヒントはたくさん話す……非常に深い話ですね。
間瀬:オシムさんって、俺らに生き方を教えてくれたよね。
最終的に、オシム監督は人間を人間として指導し、見守っていてくれたんですよね。
ただのサッカー選手、ただのサポーターではなく、1人1人を大事に見つめて、ぶれずに向き合ってくれていたように思います。
それによって、サッカーを教えてくれたのではなく、人としての生き方を教えてくれたと。
この辺りは亡くなった時に、お話しした話にも繋がると思います。
改めて、もっといろんな話を聞きたかったし、もっといろいろと教えて欲しかったと思ってしまうのですが、オシム監督はそれではダメだというのかもしれません。
もっと自分たつで考えて、自分たちで成長していかなければいけない。
でも、迷った時にはオシム監督の助言も思い出して、再びジェフを強いチームにしていきたいところですね。